投稿

『解ける』から『分かる』へ

 わかりにくいことを,どうすれば少しでもわかりやすくできるのか。 私がずっと考えているのは,このことです。 ここでいう「わかりにくいこと」は,必ずしも高度で専門的な内容だけを指しているわけではありません。たとえば,算数の文章題のように,一見すると簡単に見えるものでも,私にとっては必ずしも簡単ではありません。答えを出すことはできても,なぜそのように考えればよいのか,どのような関係を見ているのか,どうすれば本当に「分かった」といえるのかを考え始めると,そこには十分に研究するべき問題があると感じています。 私は,学習の目標を,単に「解ける」ことではなく,「分かる」ことに置いています。解くことは,手続きを適用して答えに到達することです。一方で,分かることは,対象の構造や関係を捉え,自分で説明したり,使い直したりできるようになることだと考えています。 そのために私は,考える対象を,図や記号,部品,関係,構造として外に表し,操作できる形にすることに関心をもっています。頭の中だけで考えようとすると止まってしまうことでも,外に出して,動かし,組み替え,比べることができれば,考え続けるための手がかりが得られます。考えることを,外的な操作として支えることで,考えることをやめず,止めずに進めることができるのではないかと考えています。 私の研究では,このような外に表された知識の形を,「外的表象としての記号的知識表現」と捉えています。そして,それを学習者だけでなく,教授者やシステムも共有できるようにすることを重視しています。学習者はそれを使って考え,教授者はそれを見て支援し,システムはそれをもとに診断やフィードバックを行う。この三者が同じ表象を共有することで,学習を支援しやすくなると考えています。 このnoteでは,学習工学の立場から,考えることを支える道具,外的表象,概念マップ,再構成活動,問題づくり,論証の吟味,算数文章題の理解などについて,研究メモとして書いていきます。

外部情報の構造再構成に基づく批判的意味構成リテラシーの育成支援 ―心理的安全性を損ないにくい構成操作差分の外在化―

外部情報の構造再構成に基づく批判的意味構成リテラシーの育成支援 ―心理的安全性を損ないにくい構成操作差分の外在化― 1. 研究目的,研究方法など (概要) 生成AI時代には,学習者が外部から提示される説明,意見,要約,設計案等をそのまま受容するのではなく,その根拠,不足,偏り,解釈の方向づけを吟味し,自分たちの理解として再構成する力が求められる。本研究では,この力を「批判的意味構成リテラシー」と捉え,その育成・高度化を支援するための学習支援システム研究を行う。 外部情報を批判的に吟味する必要性は,情報リテラシー,AIリテラシー,メディアリテラシーの観点から広く認識されている。しかし,実際の学習場面において,学習者が外部情報の不足,偏り,評価の含み,解釈の方向づけを安全かつ操作的に吟味する課題は,十分に確立されていない。特に,外部情報への違和感や批判は,人や情報源そのものへの否定として受け止められやすく,協調学習における心理的安全性を損なう可能性がある。このため,批判的リテラシーの必要性は高く認識されているにもかかわらず,それを学習者が実際に取り組める課題として構造化する方法は未開拓である。 そこで本研究では,心理的安全性を批判的意味構成リテラシー育成における設計上の制約として位置づけ,批判の対象を人や情報源そのものから,外部情報がどの命題を選択し,何を強調し,どのような評価を付与しているかというフレーミング操作へ移すことを試みる。具体的には,外部情報を,命題,命題間関係,強調,評価付与からなる情報構造としてモデル化し,学習者がその構造を再構成・比較・修正できる構造再構成課題を設計する。これにより,批判や違和感を属人的対立としてではなく,構成操作差分として外在化し,心理的安全性を損ないにくい形で批判的意味構成を行えるようにする。 本研究の萌芽性は,批判的意味構成リテラシーを,学習者個人の読解力や情報評価能力としてのみ扱うのではなく,外部情報の構成操作を再構成・比較・修正する課題構造として操作可能化する点にある。すなわち,本研究は,「批判的に読むべきである」という理念を,命題選択,強調,評価付与の再構成という具体的な学習課題へ変換する試みである。この試みが成立すれば,生成AI出力,教材文,ニュース記事,意見文,複数資料読解など,外部情報を扱う多様な学習場面において,批判...

フレーミング入り

生成AI時代に求められる批判的意味構成リテラシーの支援 ―属人的対立を構成操作の差分へ変換する再構成型学習支援― 本研究は,生成AI時代に求められる批判的意味構成リテラシーを支援するための,萌芽的な学習支援システム研究である。本研究でいう「生成AI時代」とは,生成AIが説明文,解答案,要約,議論,設計案などを大量かつ流暢に生成し,学習者が外部から提示される情報を参照しながら学ぶ機会が増大した状況を指す。生成AIの教育利用については,人間中心の利用,適切な規制,学習者の能力形成が重要であることが指摘されている(Miao & Holmes, 2023)。この状況では,提示された情報をそのまま受容するのではなく,その根拠,構造,不足,偏り,解釈の方向づけを吟味し,自分たちの理解として再構成する力が求められる。 本研究では,この力を「批判的意味構成リテラシー」と呼ぶ。批判的意味構成リテラシーとは,他者意見,教材文,メディア情報,生成AI出力などの外部情報を,正誤判定の対象としてのみ扱うのではなく,どの命題が選択され,何が強調され,どのような評価が付与されているかを吟味し,自分たちの理解として再構成する力である。ここでいう「批判的」とは,外部情報を否定的に扱うことではなく,根拠を確認し,不足や偏りを検出し,別解釈の可能性を検討することを意味する。この位置づけは,情報リテラシーを単なる情報探索・利用技能ではなく,情報の生成・評価・共有を含む能力として捉える情報リテラシーおよびメタリテラシーの議論(Association of College and Research Libraries, 2016; Mackey & Jacobson, 2011),ならびにAIを批判的に評価し利用する能力を重視するAIリテラシー研究(Long & Magerko, 2020)と接続する。 本研究は,この批判的意味構成リテラシーを,心理的安全性を損ないにくい形で支援することを目指す。心理的安全性は,チームの成員が対人的リスクを取っても安全であると感じられる共有信念として定義され(Edmondson, 1999),分からないことを尋ねる,誤りを認める,異論を述べる,助けを求めるといった学習行動を可能にする条件として重要である。また,心理的安全性は,チーム学習,発言行動,組織...

所与部品を用いた構成活動の二類型

所与部品を用いた構成活動の二類型 所与の部品を用いた構成活動には,少なくとも二つの類型が考えられる。一つは,所与された部品を学習者が任意に選択・利用し,意味のある構造を構成する活動である。もう一つは,あらかじめ存在する参照構造を分解して得られた完備な部品が所与され,その参照構造を再び構成する活動である。本稿では,前者を部品任意利用型構成,後者を部品完備型再構成と呼ぶ。以下では,それぞれを略して,任意構成,完備再構成と呼ぶ。 これら両類型において学習者が扱う「構造」は,学習者の理解そのものではなく,操作可能な外的表象である。学習や理解,意味構成の本質は,外的表象そのものの変化ではなく,学習者の内的表象の形成・更新として成立するため,構成結果を理解の直接的表現とみなすことはできない。しかし,外的表象を意味的に整合するように操作・構成するためには,対応する内的表象の形成や,部品・関係の内的な関係づけが関与していると考えられる。したがって,外的表象の操作過程および構成結果は,内的な理解や意味構成を直接観察するものではないが,それらを推定し,診断するための妥当な手がかりとして位置づけられる。この前提を踏まえ,以下に各類型の詳細を述べる。 (1)部品任意利用型構成(任意構成) 部品任意利用型構成とは,あらかじめ提示された複数の部品の中から,学習者が必要な部品を任意に選択・利用し,意味のある構造を構成する活動である。ここでいう「任意」とは,部品を無制約に用いることを意味するのではなく,課題条件および意味的整合性を満たす範囲で,どの部品を用いるか,どのように組み合わせるかが学習者に委ねられていることを意味する。したがって,任意構成では,単一の参照構造を復元することではなく,利用可能な部品から成立可能な構造を探索し,構成することが中心的課題となる。 任意構成の学習上の意義は,学習者が部品の意味を解釈し,複数の可能な組合せの中から,意味的に成立する構造を生成する点にある。学習者は,部品を単に配置するのではなく,「どの部品を使えば,どのような構造が成立するか」を探索する必要がある。そのため,任意構成は,構造生成,作問,関係型の発見,および同一部品から異なる構造を作る活動に適している。すなわち,任意構成は,学習者に多様な構造を発見・生成させ,概念関係の可能空間を探索させ...

対立を学習可能な対象へ変換する再構成型協調学習支援の萌芽的研究 ―オンライン・生成AI時代における心理的安全性の課題構造化―

オンライン・生成AI時代における心理的安全性の課題構造化 ―属人的対立を学習対象へ変換する萌芽的試み― 現代の学習環境では,学習者が自らの疑問,誤り,違和感,不確実な考え,異なる解釈を安全に表明できることが,従来以上に重要な課題となっている。心理的安全性は,チームの成員が対人的リスクを取っても安全であると感じられる共有信念として定義され,組織学習やチーム学習の基盤的条件として議論されてきた(Edmondson, 1999; Edmondson & Lei, 2014)。この概念は,単なる安心感や良好な人間関係を意味するものではなく,分からないことを尋ねる,誤りを認める,異論を述べる,助けを求めるといった学習行動を可能にする条件として重要である。 この心理的安全性は,現在,学習支援研究においても扱うべき課題になりつつある。第一の背景は,オンライン・ハイブリッド環境の普及である。オンライン会議,チャット,クラウド型共同編集,学習支援システムなどを組み合わせた学習では,時間的・空間的制約を越えた協働が可能になる一方で,対面場面で自然に得られる表情,視線,間,偶発的な確認,周辺的な会話が減少する。その結果,学習者は,自分の発言が他者にどのように受け止められるかを予測しにくくなり,未完成な考えや異論を表明することに慎重になりやすい。また,沈黙の意味,参加感の偏り,役割分担の不明確さ,議論の進め方の曖昧さが生じやすく,学習に必要な意見の違いが,対人的摩擦や参加回避につながる危険がある。 第二の背景は,生成AIの普及である。生成AIは,説明文,解答案,議論,設計案,要約,プログラムなどを容易に生成するため,学習者はAIが生成したもっともらしい出力を参照しながら学習する機会を増やしている。しかし,生成AIの出力は常に正しいとは限らず,学習者には,出力をそのまま受容するのではなく,根拠を確認し,構造を吟味し,不足や誤りを検出し,自分たちの理解として再構成することが求められる。このとき,「分からない」「違和感がある」「この関係づけは妥当ではないのではないか」「別の説明が可能ではないか」と表明できることは,生成AI時代の批判的・協調的な学習の前提となる。 したがって,心理的安全性は,オンライン・ハイブリッド環境や生成AI利用の拡大に伴って生じる新しい学習支援課題として捉える必要...

フレーミング・リテラシー

  1.はじめに デジタルメディアを通じて多様な情報が流通する現在、受け手には、情報の真偽を確認するだけでなく、メディア上の言説がどのように構成されているかを批判的に読み解くことが求められている。メディア・情報リテラシーは、情報へのアクセス、分析、評価に加えて、メディアメッセージを自ら構成・発信する能力を含むものとして捉えられている(UNESCO, 2021; NAMLE, 2024)。したがって、その育成においては、完成した言説を受容して評価するだけでなく、言説が作られる過程を理解し、自ら操作できるようにすることが重要となる。 このような言説構成を説明する代表的な概念の一つがフレーミングである。Entman(1993)は、フレーミングを、認識された現実の一部を選択して顕著にすることにより、特定の問題定義、因果的解釈、道徳的評価、あるいは解決策を促す働きとして整理している。この観点からみれば、メディア上の立場の違いは、必ずしも異なる事実の提示や虚偽情報の使用によってのみ生じるものではない。同じ出来事に関する事実群を参照していても、どの事実を取り上げるか、何を強調するか、どのような評価や因果的解釈を加えるかによって、肯定的、否定的、あるいは中立的な言説が構成され得る。 こうしたフレーミングを読み解く能力は、メディア・リテラシーの重要な構成要素と考えられる。すなわち、ある言説において、何が選択または省略され、何が強調され、どのような評価的・因果的解釈が付加されているかを読み解くこと、および、同じ事実群から異なる立場の言説を構成できることが求められる。本研究では、この能力をフレーミング・リテラシーと呼ぶ。ただし、本研究の目的は、フレーミング・リテラシーという新たなリテラシー概念を提唱することではない。既存のフレーミング研究およびメディア・リテラシー研究に基づき、その育成を可能にする具体的な学習方法を提案することを目的とする。 フレーミングについての知識を説明するだけでは、その分析能力が十分に形成されるとは限らない。List and Du(2024)は、フレームの定義を提示するだけでは大学生のフレーム分析成績は改善しなかった一方、文章中の特徴的な語句に注目させる操作は、明示的なフレームの分析を促進したと報告している。この結果は、フレーミングを概念として理解させるだけ...

フレーミング・リテラシー

 フレーミング・リテラシーとは、ある出来事に関する命題群のうち、何が選択・省略され、何が強調され、どのような評価や因果的解釈が付加されることによって特定の立場の言説が構成されているかを読み解くこと、および、同一の命題群に対する選択・強調・評価の操作によって、異なる立場の言説を構成できることである。 その操作対象化 まず、出来事について確認可能な事実命題とその関係を、 参照命題ネットワーク として外在化します。そのうえで、個々の言説を次の操作として表現します。 参照命題ネットワーク → 部分ネットワークの選択・省略 → 命題の強調・重みづけ → 評価・因果命題の付加 → 特定のフレームをもつ言説 \text{参照命題ネットワーク} \rightarrow \text{部分ネットワークの選択・省略} \rightarrow \text{命題の強調・重みづけ} \rightarrow \text{評価・因果命題の付加} \rightarrow \text{特定のフレームをもつ言説} 参照命題ネットワーク → 部分ネットワークの選択・省略 → 命題の強調・重みづけ → 評価・因果命題の付加 → 特定のフレームをもつ言説 学習者は、言説に対して、 どの命題が選択・省略されたか どの命題が強調されたか どの評価・因果解釈が追加されたか を特定します。さらに、同じ参照命題ネットワークから中立的・肯定的・否定的な言説を再構成し、その変換操作を説明します。 したがって、この方法の特徴は、抽象的な「偏り」や「印象」を、 命題の選択、重みづけ、評価的拡張という操作可能な対象として可視化すること にあります。なお、参照命題ネットワーク自体も絶対的に中立なものではなく、複数の情報源に基づいて暫定的に構成される基準と位置づける必要があります。 構成的操作 参照命題ネットワークに基づき、特定の立場をもつ言説を構成する操作である。 参照命題ネットワークを精査する 言及可能な事実命題と、その関係を把握する。 取り扱う部分命題ネットワークを選択する 言説に含める命題を選択し、含めない命題を決定する。 フレーミングを付与する 選択した命題のうち、強調する部分を決定するとともに、必要に応じて評価命題や因果的・解釈的命題を付加する。 言語化する 命題の順序、表現、詳しさ、見...