対立を学習可能な対象へ変換する再構成型協調学習支援の萌芽的研究 ―オンライン・生成AI時代における心理的安全性の課題構造化―
オンライン・生成AI時代における心理的安全性の課題構造化
―属人的対立を学習対象へ変換する萌芽的試み―
現代の学習環境では,学習者が自らの疑問,誤り,違和感,不確実な考え,異なる解釈を安全に表明できることが,従来以上に重要な課題となっている。心理的安全性は,チームの成員が対人的リスクを取っても安全であると感じられる共有信念として定義され,組織学習やチーム学習の基盤的条件として議論されてきた(Edmondson, 1999; Edmondson & Lei, 2014)。この概念は,単なる安心感や良好な人間関係を意味するものではなく,分からないことを尋ねる,誤りを認める,異論を述べる,助けを求めるといった学習行動を可能にする条件として重要である。
この心理的安全性は,現在,学習支援研究においても扱うべき課題になりつつある。第一の背景は,オンライン・ハイブリッド環境の普及である。オンライン会議,チャット,クラウド型共同編集,学習支援システムなどを組み合わせた学習では,時間的・空間的制約を越えた協働が可能になる一方で,対面場面で自然に得られる表情,視線,間,偶発的な確認,周辺的な会話が減少する。その結果,学習者は,自分の発言が他者にどのように受け止められるかを予測しにくくなり,未完成な考えや異論を表明することに慎重になりやすい。また,沈黙の意味,参加感の偏り,役割分担の不明確さ,議論の進め方の曖昧さが生じやすく,学習に必要な意見の違いが,対人的摩擦や参加回避につながる危険がある。
第二の背景は,生成AIの普及である。生成AIは,説明文,解答案,議論,設計案,要約,プログラムなどを容易に生成するため,学習者はAIが生成したもっともらしい出力を参照しながら学習する機会を増やしている。しかし,生成AIの出力は常に正しいとは限らず,学習者には,出力をそのまま受容するのではなく,根拠を確認し,構造を吟味し,不足や誤りを検出し,自分たちの理解として再構成することが求められる。このとき,「分からない」「違和感がある」「この関係づけは妥当ではないのではないか」「別の説明が可能ではないか」と表明できることは,生成AI時代の批判的・協調的な学習の前提となる。
したがって,心理的安全性は,オンライン・ハイブリッド環境や生成AI利用の拡大に伴って生じる新しい学習支援課題として捉える必要がある。従来,心理的安全性は,教師やリーダーの態度,集団の雰囲気,コミュニケーション規範の問題として扱われることが多かった。しかし,学習支援の観点からは,心理的安全性を,学習活動の構造によって支援可能なものとして捉え直す必要がある。すなわち,どのような課題構造であれば,学習者は誤りや疑問を表明しやすくなるのか,どのような外在化の仕組みであれば,意見の違いを個人への評価ではなく,学習対象の違いとして扱えるのか,という問いが重要になる。
協調学習においては,意見の違い,解釈の違い,根拠の違いは,本来,説明,質問,反論,修正といった深い学習行動を生み出す契機である。しかし,これらの違いが,個人の能力,態度,発言権,役割分担の問題として受け止められると,対立はリレイションシップコンフリクトやプロセスコンフリクトへと転化し,発言抑制,参加回避,誤りの隠蔽を引き起こす可能性がある。コンフリクト研究では,課題内容をめぐるタスクコンフリクトと,人間関係上の摩擦であるリレイションシップコンフリクト,活動の進め方や役割分担をめぐるプロセスコンフリクトが区別されてきた(Jehn, 1995; De Dreu & Weingart, 2003; de Wit, Greer, & Jehn, 2012)。この区別に基づけば,協調学習において重要なのは,対立をなくすことではなく,対立を学習対象へ定位させることである。
本研究では,この課題に対して,共通の部品を用いて同一の目標構造の再構成を目指す再構成活動に着目する。再構成活動では,学習者は,共通部品,共通規則,共通目標のもとで,構造を組み立てる。このとき,学習者間の違いは,個人の能力や態度の違いとしてではなく,部品の配置,接続,関係づけ,構造差分として外在化される。これにより,「誰が正しいか」「誰が分かっていないか」という属人的な対立ではなく,「どの関係づけが妥当か」「どの根拠に基づいて修正すべきか」「どの構造がより整合的か」という,学習可能な対象をめぐる対話が成立しやすくなる。
再構成活動の代表的な枠組みであるKit-Build概念マップでは,教師や専門家が作成したゴールマップをノードとリンクに分解し,学習者がそれらの部品を用いてマップを再構成する。これにより,学習者の構成結果と参照構造との差分を命題単位で把握し,自動診断やフィードバックに利用できる(Hirashima et al., 2015)。従来のKit-Build研究は,主として知識構造の診断,理解状態の可視化,フィードバック支援の観点から進められてきた。本研究では,これに加えて,再構成活動を,学習者間の対立を属人的なものから構造差分へ変換する協調学習支援として捉える。
この観点は,協調学習研究における共有問題空間や相互主観的な意味形成の議論とも接続できる。Roschelle and Teasley(1995)は,協調的問題解決において,参加者が目標,問題状態,操作,知識要素を共有しながら共同問題空間を構成することの重要性を示した。また,CSCL研究では,コンピュータ環境が学習者間の意味形成,知識の外在化,相互参照を支えることが議論されてきた。再構成活動は,共通部品,共通規則,共通目標,差分可視化を通して,共同問題空間を具体的な操作対象として提供する方法とみなすことができる。
本研究の萌芽性は,心理的安全性を,集団の雰囲気や教師の配慮に還元せず,学習支援システムが設計可能な課題構造として捉え直す点にある。すなわち,本研究は,心理的安全性を直接的に与える方法を探るのではなく,対立が属人的な摩擦として処理されにくく,外在化された構造差分として扱われやすい活動環境を設計する。これにより,対立を回避すべきリスクとしてではなく,構造化・外在化・再構成によって学習資源化しうる対象として扱う,新たな学習支援原理の可能性を探索する。
以上より,本研究は,オンライン・ハイブリッド環境および生成AI利用の拡大により重要性を増している心理的安全性を,学習支援の新たな設計対象として位置づける。そして,共通部品を用いた再構成活動が,学習者間の対立を属人的なものから学習可能な構造差分へ変換し,疑問提示,誤り表明,根拠説明,他者案への建設的関与,構造修正を促進する可能性を,理論的・探索的に検討する。
関連研究リスト
1. 心理的安全性
Edmondson, A. C. (1999). Psychological Safety and Learning Behavior in Work Teams. Administrative Science Quarterly, 44(2), 350–383.
Edmondson, A. C., & Lei, Z. (2014). Psychological Safety: The History, Renaissance, and Future of an Interpersonal Construct. Annual Review of Organizational Psychology and Organizational Behavior, 1, 23–43.
Edmondson, A. C., & Bransby, D. P. (2023). Psychological Safety Comes of Age: Observed Themes in an Established Literature. Annual Review of Organizational Psychology and Organizational Behavior.
2. コンフリクト研究
Jehn, K. A. (1995). A Multimethod Examination of the Benefits and Detriments of Intragroup Conflict. Administrative Science Quarterly, 40(2), 256–282.
De Dreu, C. K. W., & Weingart, L. R. (2003). Task Versus Relationship Conflict, Team Performance, and Team Member Satisfaction: A Meta-Analysis. Journal of Applied Psychology, 88(4), 741–749.
de Wit, F. R. C., Greer, L. L., & Jehn, K. A. (2012). The Paradox of Intragroup Conflict: A Meta-Analysis. Journal of Applied Psychology, 97(2), 360–390.
Bradley, B. H., Postlethwaite, B. E., Klotz, A. C., Hamdani, M. R., & Brown, K. G. (2012). Reaping the Benefits of Task Conflict in Teams: The Critical Role of Team Psychological Safety Climate. Journal of Applied Psychology, 97(1), 151–158.
3. 協調学習・CSCL
Roschelle, J., & Teasley, S. D. (1995). The Construction of Shared Knowledge in Collaborative Problem Solving. In C. O’Malley (Ed.), Computer Supported Collaborative Learning.
Dillenbourg, P. (1999). What Do You Mean by Collaborative Learning? In P. Dillenbourg (Ed.), Collaborative Learning: Cognitive and Computational Approaches.
Stahl, G., Koschmann, T., & Suthers, D. (2006). Computer-Supported Collaborative Learning: An Historical Perspective.
Suthers, D. D. (2006). Technology Affordances for Intersubjective Meaning Making: A Research Agenda for CSCL.
4. 生成AIと学習支援
Miao, F., & Holmes, W. (2023). Guidance for Generative AI in Education and Research. UNESCO.
Gonsalves, C. (2024/2025). Generative AI’s Impact on Critical Thinking.
Lamberti, W. F., Lawrence, S. R., White, D., Kim, S., & Abdullah, S. (2025). Pilot Study on Generative AI and Critical Thinking in Higher Education Classrooms.
Zhong, T., Zhu, G., Lim, K. Y., & Ong, Y. S. (2024). Generative AI as a Tool or Leader? Exploring AI-Augmented Thinking in Student Programming Tasks.
5. 再構成活動・Kit-Build概念マップ
Hirashima, T., Yamasaki, K., Fukuda, H., & Funaoi, H. (2011). Kit-Build Concept Map for Automatic Diagnosis.
Hirashima, T., et al. (2015). Framework of Kit-Build Concept Map for Automatic Diagnosis and Its Preliminary Use. Research and Practice in Technology Enhanced Learning, 10, Article 17.
Wunnasri, W., Pailai, J., Hayashi, Y., & Hirashima, T. (2018). Reciprocal Kit-Building of Concept Map to Share Each Other’s Understanding.
Pinandito, A., et al. (2021). Design and Development of Semi-Automatic Concept Map Authoring Support Based on Kit-Build Method.
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