5.記号接地問題からみた本研究の位置づけ―構造的接地の観点から―

 


記号接地問題とは,形式的に操作される記号が,いかにして単なる記号操作を超えて意味を持つのか,という問題である.Harnad は,記号の意味が他の記号による定義の連鎖のみに依存する限り,意味は記号体系の内部に閉じたままとなり,無限の記号間循環に陥ることを指摘した.そのため,少なくとも一部の初等的な記号は,感覚運動的・非記号的表象に基づいて接地される必要があり,高次の記号は,そのような初等的記号に支えられることで間接的に接地されると考えられる[15].

文章題学習においても,学習の初期段階では,具体物の操作や知覚可能な状況に基づいて乗除関係を学ぶことが可能であり,数量関係の理解は直接接地に近い形で支えられると考えられる.たとえば,同数ずつの配分や等分といった場面では,対象への感覚運動的な関与を通して演算の意味を把握しやすい.これに対して,1未満の数との乗除や分数の乗除,とくに逆数化を伴う変換のようになると,対象との単純な対応によってその意味を理解することは難しくなる.数学教育における embodied cognition の研究でも,数学的理解は知覚・行為や物理的環境に支えられうる一方,抽象的内容の理解には,具体物そのものだけでなく,関係や構造を捉える媒介が重要になることが論じられている[16,17].また,具体物の利用は一定の教育効果を持つが,その有効性は用い方や表象の性質に依存することも示されている[18].

この観点からみると,本研究の方法は,厳密な意味での直接的接地そのものではない.学習者は,問題に含まれる対象へ新たに感覚運動的に関与するというよりも,すでに有している量概念や経験を前提として,それらを三角図・二重三角図という外的表象上に再配置するからである.しかし,本研究の方法は,単なる記号間の言い換えにもとどまらない.学習者は,存在量と関係量を同定し,それらを構造として組み立て,再構成し,さらに What-if-not による条件変更を通して,何が保存され,何が変化し,どこで比例構造が成立しなくなるかを操作的に検討する.すなわち,本研究が学習者に促すのは,個々の記号の意味を直接に対象へ対応づけることではなく,量間関係の意味を構造として可視化し,その構成・復元・変換を通して理解することである.この点で,本研究は,既有の接地を基盤としつつ,高次の数量関係を構造への操作を通して理解可能にする方法として位置づけることができる[15-18].

加えて,本研究で行われる構造操作は,学習者の内面に閉じた私的な操作ではなく,三角図・二重三角図という外的表象に対する共有可能で公共的な操作として遂行される点に重要な特徴がある.学習者が構成した構造は,他者によって参照され,比較され,ずれや誤りを検討し,修正の対象とすることができる.このことは,意味理解を個人的な連想や一時的な直観にとどめず,外化された構造に対する相互参照可能な操作として扱うことを可能にする.私的言語論において指摘されるように,意味や規則の適用可能性には,少なくとも原理的には公共的な正誤判定の可能性が伴う必要があると考えられるが,本研究の外的表象は,そのような公共的な点検可能性を学習活動の中に導入するものとみなすことができる[19].

以上より,本研究で設計した探究活動は,量関係の意味を構造操作によって成立させるという点で,「構造的接地」とみなすことが可能である.それは直接接地の代替というよりも,直接接地が困難になる領域において,既有の接地を基盤としながら,共有可能な構造への公共的操作を通して意味理解を支える方法として位置づけられる.したがって,本研究における三角図・二重三角図を介した再構成および What-if-not による探究は,記号接地問題に対する教育的応答の一つとして捉えることができる.

追加する参考文献案

[15] Harnad, S. The symbol grounding problem. Physica D: Nonlinear Phenomena, 42(1-3), 335-346, 1990.

[16] Núñez, R. E., Edwards, L. D., and Matos, J. F. Embodied cognition as grounding for situatedness and context in mathematics education. Educational Studies in Mathematics, 39(1-3), 45-65, 1999.

[17] Alibali, M. W. and Nathan, M. J. Embodiment in mathematics teaching and learning: Evidence from learners’ and teachers’ gestures. Journal of the Learning Sciences, 21(2), 247-286, 2012.

[18] Carbonneau, K. J., Marley, S. C., and Selig, J. P. A meta-analysis of the efficacy of teaching mathematics with concrete manipulatives. Journal of Educational Psychology, 105(2), 380-400, 2013.

[19] Candlish, S. Private Language. The Stanford Encyclopedia of Philosophy

コメント

このブログの人気の投稿

答えから始まる学習:再構成学習・パズル性(適合的/生産的)・点検の設計

AIリテラシーとしての生成AI活用の二層化:プロンプトリテラシーから意味構成リテラシーへ

生成AIの成果物に「何があって,何がないのか」:四つの機序と意味点検としての自己再構成