三項論証の構造的整理における形式的三角ロジックと言語的三角ロジック
本研究の立場は,三角ロジックそのものを新たに提案することにあるのではない。むしろ,標準的な論理学において個別の推論規則や推論形式として扱われてきたものを,根拠・論拠・結論からなる三項論証の観点から再整理し,自然言語の議論理解と形式的推論理解を連動させる教育的・理論的枠組みとして組織化することにある。標準的な自然演繹では,含意についても,条件文を用いて結論を得る含意除去規則と,仮定の下で得られた結論から条件文そのものを立てる含意導入規則とが区別される。このことは,標準的な論理学において,演繹が単一の操作ではなく,複数の規則とその組合せとして記述されていることを示している。したがって,本研究の狙いは,こうした標準的区別を否定することではなく,それらを三項論証として構造的に再記述する視点を与えることにある。
この問題設定には,すでに複数の関連研究の流れがある。ここでいう「この問題設定」とは,推論規則の名称や列挙を中心に推論を捉えるのではなく,根拠・論拠・結論からなる論証の三項構造に着目して,推論形式を区別し記述しようとする立場を指す。Toulmin 型議論分析は,議論を claim・grounds・warrant という要素関係として捉える視点を与えている。また,AIF(Argument Interchange Format)は,argument and reasoning の linguistic・logical・formal なモデルを橋渡しする理論中立的な共通オントロジーとして提案されており,information node と scheme application node を基礎とするグラフ表現によって,推論・対立・選好などの関係を記述する枠組みを提供している。したがって,三項化と言語表現―形式表現の橋渡しという発想自体は既存研究にも見いだされる。ただし,AIF の主眼は議論情報の相互運用可能な表現基盤を与えることにあり,根拠・論拠・結論からなる三項論証を推論形式の基本単位として固定し,その三項のどれが所与でどれが導出対象であるかによって演繹や仮説的推論を区別的に記述することを直接の目的とはしていない。さらに,warrant を明示化することの困難さや重要性は argument mining の研究でも繰り返し指摘されており,論拠がしばしば暗黙であることは周知の問題である。
そのうえで本研究が明示的に行うのは,論証の形式的分類を三項論証の観点から整理することである。すなわち,個別の推論規則名の列挙としてではなく,根拠・論拠・結論という三要素のうち,どれが所与で,どれが導出対象であるかという観点から,推論形式を捉え直す。たとえば演繹推論は,論拠と根拠から結論を導く形式として表せる。他方,本研究では,三項のうち未与の要素を候補として形成する推論を広く仮説的推論として捉える。具体的には,論拠と結論からそれを説明する根拠候補を形成する推論に加え,根拠と結論からそれらを結ぶ論拠候補を形成する推論も,仮説的推論に含める。このとき前者は説明仮説の形成に対応し,後者は一例に基づく橋渡しの仮説形成に対応する。したがって,ここでの統一とは,演繹と仮説的推論を同一視することではなく,同一要素に基づいて区別しつつ記述することを意味する。なお,後者は古典的な推論分類との対応でいえば帰納に近いが,本研究では,三項論証において未与の要素を仮説的に補う推論として,教育的観点から統一的に扱う。自然演繹における含意除去と含意導入の区別も,三角ロジックでは,三項のどの要素を確定させる操作であるかという観点から再記述できる。以上の意味で,本研究は,AIF のような理論中立的な議論表現基盤とは異なり,三項論証を推論理解の基本単位として捉えたうえで,それを言語的三角ロジックと形式的三角ロジックの対応の中で扱うことにより,自然言語の議論理解と形式的推論理解を連動させる教育的・理論的枠組みを与える。
この整理を具体的な表現形式として与えるものが,形式的三角ロジックである。ただし,ここで重要なのは,形式的三角ロジックが形式論理一般を全面的に扱う完全な体系として導入されるのではない,という点である。自然演繹の枠組み自体は命題論理を超えて量化や他の論理体系にも拡張されうるが,本研究における形式的三角ロジックは,少なくとも現段階では,三項論証として切り出された推論構造を明示し,特に条件推論を中心とする演繹および仮説的推論の区別を扱うための部分形式化として位置づけられるべきである。すなわち,形式的三角ロジックは,古典論理・述語論理・様相論理の全体系の代替を目指すものではなく,三項論証の構造を形式的に可視化し,一定範囲の推論型を識別・比較・吟味するための表現体系として理解される。このような範囲限定は,単なる制約の明示ではない。むしろ,本枠組みが,三項論証として切り出し可能な推論に焦点を当てることにより,学習者にとって把握可能で操作可能な単位で推論理解を支援するという教育的意義を明確にするものである。同時に,適用範囲を明示しておくことは,現段階で扱う推論形式と,今後拡張すべき推論形式とを区別可能にし,将来的な理論的拡張の見通しを与える条件でもある。
言語的三角ロジックは,自然言語で表現された論証を,根拠・論拠・結論からなる三項関係として捉えるための表現枠組みである。その役割は,自然言語の議論に含まれる論証構造を切り出し,推論理解の対象として明示化することにある。とくに本研究では,論証を個別の推論規則名によってではなく,三項論証の構造として把握する立場をとるため,言語的三角ロジックは,自然言語の議論をこの観点から整理するための基盤となる。
この言語的三角ロジックを形式的三角ロジックと対応づけることにより,三項論証に含まれる推論形式の区別を可視化することが可能となる。すなわち,表面的には類似して見える自然言語上の論証であっても,形式的三角ロジックとの対応を通じて,それが演繹推論として理解されるのか,仮説的推論として理解されるのかを区別して記述できるようになる。また逆に,形式的には異なる推論形式が,自然言語上ではどのような混同や誤解として現れるのかを説明することも可能になる。この意味で,言語的三角ロジックと形式的三角ロジックの関係は,単なる「自然言語版」と「形式版」の対応ではなく,自然言語の議論理解と形式的推論理解を連動させるための二層的枠組みとして位置づけられる。
ただし,この対応づけにおいては,根拠と論拠の区別について補足が必要である。論証研究においては,根拠と論拠の区別は重要なものとされており,三角ロジックもこの区別を取り入れている。他方で,Toulmin 型議論分析や argument mining の研究でも指摘されているように,論拠は自然言語上で常に明示的に与えられるわけではなく,しばしば文脈や常識に支えられた暗黙の前提として働く。したがって,言語的三角ロジックにおいて,根拠と論拠の区別が言語表現のみから常に明確に決定できると想定する必要はない。むしろ,言語的三角ロジックは,前提・結論・支持関係を切り出すための表現層として位置づけられ,根拠と論拠の区別は,明示的に与えられる場合にはそれに従い,そうでない場合には形式的三角ロジックとの対応づけの中で再構成されるものと考えるのが適切である。
以上より,本研究の独自性は,根拠・論拠・結論からなる三項論証の観点から論証の形式的分類を再整理し,それを形式的三角ロジックとして明示するとともに,言語的三角ロジックとの対応づけを通して,自然言語の議論理解と形式的推論理解を連動させる教育的・理論的枠組みとして組織化した点にある。とりわけ,演繹と,三項論証において未与の要素を候補として形成する広義の仮説的推論とを,同一要素に基づいて区別しつつ統一的に説明し,あわせて形式的三角ロジックの守備範囲を部分形式化として明確にした点に,本研究の理論的意義がある。
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