構造の構成は,意味を構成する営みである.これに対して再構成は,いったん構成された意味を成立済みのものとして受容するのではなく,再び操作可能・点検可能なものとして扱い直す営みである.この再構成は,対象が自己の構造である場合,他者の構造である場合,および複数の構造を持ち寄って共有構造を構成する場合とに分けて考えることができる.
自己再構成は,自ら構成した外的表象をいったん部品化し,再び組み立て直すことによって,自身の理解構造を再検討する活動である.ここでは,再構成の対象は過去の自己が与えた関係づけであるが,再構成の時点ではそれを成立済みのものとして受容するのではなく,再び操作可能・点検可能なものとして扱い直すことが求められる.そのため,自己再構成は,構成段階では十分に顕在化しなかった不整合や理解不足,さらには新たな関係づけの可能性を顕在化させ,意味の再検討を促す点で有用である.
他者再構成は,他者が構成した外的表象を部品として受け取り,それを再び組み立て直すことによって,他者の理解構造を解釈し,再検討する活動である.ここで学習者は,他者の構造を単に受容するのではなく,どのような意味づけに基づいてその関係が成立しているのかを推定しながら再構成を行う.そのため,他者再構成は,他者の理解を追体験的に捉え直すとともに,自己の理解とのずれを顕在化させる点で有用である.すなわち,他者再構成は,自己の理解の再検討を促すだけでなく,相互理解に向かうための基盤を与える活動として位置づけられる.
共有再構成は,自己再構成および他者再構成を通して顕在化した複数の理解構造を持ち寄り,それらの差異を比較・調整しながら,共有可能な一つの構造として再構成する活動である.ここでは,各学習者の構造がそのまま保持されるのではなく,相互の差異や根拠を検討しながら,どの関係づけを共有すべきか,どの点を修正すべきかを公共的に判断することが求められる.そのため,共有再構成は,個人内の意味の再検討や他者理解にとどまらず,共有理解の形成と構造の共同的洗練を支える活動として意義を持つ.
以上より,再構成は,自己に対してはリフレクションを,他者に対しては相互理解を,そして共有に対しては共同的な意味の調整と統合を支える学習活動として位置づけることができる.この意味で,再構成は,意味を一度成立させるだけでなく,それを再び操作可能・点検可能なものとして開き直し,個人内理解から相互理解,さらに共有理解へと展開させる学習過程を構成するものである.
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